東京高等裁判所 平成2年(行ケ)162号 判決
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証(特許願書及び同添付の明細書と図面)及び第三号証(手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が、左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、衣料の、必ずしも平行でなくともよい、向かい合つたヘリ又は側部に、シーム・ステツチを形成する方法及び装置に関する(明細書第三頁第一六行ないし第一九行)。
向かい合つたヘリ又は側部とは、例えば、同一の腕を通す二つの円形の開口、あるいは、後部ネツクラインとそれより長い前部ネツクラインを意味する(同第四頁第一二行ないし第一六行)。従来技術では、まず一方のヘリを縫製し、その後に他方のヘリを縫製する必要があり(同第四頁第七行及び第八行)、一台のミシンによつて二つの別々の動作が行わざるを得ないので、時間が掛かるのみならず、向かい合つたヘリに正確に同じシームを作ることはできない。二つのシームは異なつたときに縫製され、したがつて糸の張力が一定でないからである(同第四頁第一八行ないし第五頁第四行)。
本願発明の技術的課題(目的)は、同じ特性の二つのシームを同時に作る方法及び装置を創案することである(同第五頁第六行ないし第八行)。
2 構成
本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(手続補正書第二頁第二行ないし第三頁末行)。
本願発明の特徴は、それぞれのヘリに対応する重ね合わされた部分が、同じ面内で向かい合つた位置になるように衣料を外開きにし、このように外開きにされたヘリを、徐々に操作して縫製ラインに沿つた真直ぐな経路を辿らせると共に、余つた材料は縫製ラインの間に集め、スムースに前進させる点にある(明細書第五頁第一六行ないし第六頁第五行)。換言すれば、幅が広くない衣料を縫い合わせるための条件は、針棒が互いに接近して位置決めされていること、及び、向かい合つたヘリの間にある余つた布切れを収容するための、拘束を受けない領域が設けられていることである(同第一〇頁第一二行ないし第一七行)。
そのためにミシンに、向かい合つたヘリを同時に縫製するように隔置された二つの針棒を設け、縫製ラインを限定する針と針棒の間に、スペースを設ける(このスペースは、縫製の進行に伴つて余つてくる材料を受け入れる。)。そして、衣料は、その向かい合つたヘリの間隔よりも狭い間隔で隔置されている縫製ラインに従つて案内されることになる(同第六頁第七行ないし第一五行、第一〇頁第九行ないし第一二行)。
別紙図面Aは、本願発明の一実施例を示すものであつて、図1は向かい合つたヘリを有するアンダーシヤツ又はTシヤツ・タイプの衣料の斜視図、図2は前を開いて縫合わせの準備をしている衣料の立面図、図3は縫合わせ作業中の衣料の平面図、図4は衣料の向かい合つた側に沿つて同時にシームを作るミシンの一部の側立図面である(同第一一頁第一八行ないし第一二頁第六行)。
向かい合つたヘリ1、2を有する衣料3の縫合わせを行う準備として、衣料の前を開き、図2に示すように重ね合わせる。そして、肩紐4、5を、図3に示すようにプレツサー・フート6、7の下に置き、針棒8´、9´に担持されている針8、9で、向かい合つたヘリ1、2に沿つてステツチ・ラインを形成するが、作業者は、両手でそれぞれのヘリを案内することによつて、ステツチ・ラインが真直ぐな経路を辿るように制御することができる(作業者が両手を使用すると引張りが生ずるが、この引張りを利用して、ヘリ1、2の湾曲をある程度変形させ、縫製ラインE、Fに沿つた真直ぐな経路を辿らせることができる。)。また、前記の操作によつて、向かい合つたヘリの間にある衣料の余つた布切れを集め、針棒8´、9´の間の領域10へスムースに前進させることができる。余つた布切は、通路の側壁11の間を、上または下へ伸びる(同第七頁第六行ないし第九頁第九行)。
3 作用効果
本願発明によれば、向かい合つたヘリを縫製するに従つて、ヘリを徐々に縫製ラインに沿つた真直ぐな経路を辿らせることが可能である。そして、向かい合つたヘリの間の余つた材料は、集められ、縫製ラインの間の領域をスムースに移動する(明細書第五頁第一〇行ないし第一六行)。
二 相違点<1>の判断について
原告は、本願第二発明の一対の針棒が、余つた布部分を通過させる通路の上部分が支持フレームの間に形成されるように配設されるのに対し、周知例1及び周知例2記載の一対の針棒は、余つた布部分を通過させる通路の上部分が支持フレームの間に形成されるように配設されていない、と主張する。
しかしながら、審決が相違点<1>の判断に当たつて周知例1あるいは周知例2から援用した技術が「二本針を備えたミシンにおいて、二本の針棒を設け、それぞれの針棒に針を装着すること」のみであることは、前記審決の理由の要点のとおりであり、各周知例にこの点が開示されていることは、当事者間に争いがない。したがつて、原告の右主張は、審決が各周知例から援用していない事項を捉えて審決を論難するものであつて、このことを理由に相違点<1>についての審決の判断が誤りであるとすることはできない。
また、原告は、周知例1及び2記載の発明は、ミシンに関するものであつても、本願第二発明の技術的課題とは無縁の技術的思想である旨主張するがミシンにおける針棒機構をどのような構成とするかは、その基本的構成に属する共通の問題であり、引用例1記載の装置に周知例1及び2記載の技術を適用し、支持フレームに設けた一対の針棒のそれぞれに針を固着するように構成することに格別の困難はない。
したがつて、相違点<1>に係る本願第二発明の構成は、周知の技術的事項から当業者が容易に実施し得たものとした審決の判断に誤りはない。
三 相違点<2>の判断について
原告は、本願第二発明と引用例2記載の発明は技術的課題(目的)及び構成を全く異にするものである、と主張する。
そこで、成立に争いない甲第五号証によつて引用例2記載の技術内容を検討するに、引用例2記載の発明は布帛の両側縁の縫製装置の改良に関するものであつて(第二頁左上欄第二行ないし第四行)、従来の装置はフラツトな布帛搬送用コンベヤとその両側縁部近傍に設置したミシンによつて構成されるので、布帛の幅に相当するコンベヤが必要であり、布帛が広幅のときはコンベヤも大型化せざるを得ないことを従来技術の問題点として把握し(同欄第五ないし第一四行)、コストが安く平面上の占有面積が小さいコンパクトな縫製装置の創案を技術的課題(目的)として(同欄第一五行ないし第一八行)、高さ位置を異にする二つの細幅の搬送手段を設け、上方の搬送手段で布帛の中央部分を載受し他の部分を垂下させるとともに、下方の搬送手段で上方の搬送手段から垂下した布帛の両側縁部分を載受することによつて、立体的な形態の搬送を行うことを基本的な特徴とするもの(第二頁左上欄第一八行ないし右上欄第六行)と認められる(別紙図面C参照。なお、第三頁右下欄第七行ないし第一二行によれば、図において、11が布帛、13が第一の搬送手段、31が第二の搬送手段である。そして、第三頁左上欄第一一行ないし第一四行によれば、第二の搬送手段31の外側部近傍に、布帛11の両側縁を縫製するミシン35が配設されるのである。)。
そうすると、引用例2には、二つの縫製部によつて衣料の両縁を同時に縫製するに当たり、衣料中央部の余つた布部分を、二つの縫製部の間の、上部分と下部分の双方に分けて通過させるという技術的思想が明確に開示されているということができる。
そして、引用例1記載の装置(その構成が審決の理由の要点2摘示のとおりであることは、当事者間に争いがない。)は、衣服片と裏地条片を一対の柱16、17の壁面によつて形成された通路を通つて案内されるようにした縫付装置であつて、二本の針棒の間の下方に布案内部が形成されている点において本願第二発明と共通しており、この引用例1記載の装置において、縫製方向に沿つた通路に縫製されるべき衣料の余つた布部分を集めて収容通過させるべく、この課題を解決した引用例2記載の技術を適用し、二本の針棒の間の縫製部の上方部及び下方部に布の案内通路を設け、相違点<2>に係る本願第二発明の構成を得ることは、当業者であれば容易に推考し得たというべきである。
したがつて、引用例2の記載を論拠として相違点<2>に係る本願第二発明の構成は当業者にとつて容易に推考し得た事項であるとした審決の認定判断に、誤りはない。
この点について、原告は、例えば本願第二発明の実施例として示されているTシヤツのように筒状の衣服の二つの縁を同時に縫製する場合は、中間の余つた布部分を上下に振り分けざるを得ず、しかも上下に振り分けられた余つた布部分の長さと幅は縫製の進行に伴つて刻々変化する、と主張する。しかしながら、本願第二発明は、二つの縫製部の間の、上部分と下部分の双方に、余つた布部分の通路を設けるという構成(この構成が引用例2に開示されているといえることは、前記のとおりである。)を採用しているにすぎず、それ以上に、上下に振り分けられた余つた布部分の刻々変化する長さと幅に対応する縫製の構成を必須の要件としているわけではないから、本願第二発明と引用例2記載の発明は構成を全く異にする、という原告の主張は失当である。
四 本願第二発明の作用効果について
原告は、本願第二発明は、支持フレームに離間して設けられる一対の針棒のそれぞれに針を設ける第一の要件と、余つた布部分を通過させる通路が支持フレーム間に形成される上部分とワーク支持ベツドの側壁間に形成される下部分から成る第二の要件を組み合わせることによつて、平行でなくともよい衣料の向かい合つたヘリにシーム・ステツチを同時に形成できるという特有の作用効果を奏する、と主張する。
しかしながら、原告のいう第一の要件が周知例1、2に記載され、原告のいう第二の要件が引用例2に開示されていることは前記のとおりである。そして、引用例1、2及び周知例1、2記載の技術的事項はいずれも縫製装置に関するものであつて共通の技術分野に属するから、これらの技術的事項を組み合わせることには何らの困難も考えられず、かつ、その結果として得られる作用効果も、当業者ならば当然に予測し得た範囲というべきである。したがつて、審決が本願第二発明が奏する作用効果の顕著性を看過しているということもできない。
五 以上のとおりであつて、本願第二発明と引用例1記載の発明の相違点に関する審決の判断に誤りはなく、また、審決が本願第二発明の奏する作用効果を看過したとはいえないから、本件出願は特許請求の範囲第1項記載の発明について検討するまでもなく拒絶すべきものであるとした審決には、原告が主張するような違法は存しない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 支持フレームと、この支持フレームに互いに離間して設けられ往復移動される一対の針棒と、これら針棒にそれぞれ少なくとも一本ずつ設けられた針と、これらの針と協働し互いに離間した二個のワーク支持ベツドを有する下部縫製機構とを備えたミシンによつて、衣料の互いに向い合つた、互いに平行でないヘリに縫目を同時に形成する方法であつて;
a 向い合つた、互いに平行でない縫目を形成すべきヘリを有する衣料の、これらヘリ部を広げ、これらヘリを前記の各針に対応させる工程と;
b この広げた衣料の前記各ヘリを、それぞれ対応する針に対応したプレツサー・フートの下に挿入して、縫製を開始する工程と;
c 縫目の形成の進行に対応して、前記衣料の広げたヘリの部分を回転させ、前記各ヘリの縫目を形成する部分が互いに平行となるようにする工程と;
d これら回転させたヘリ部分の間の、余つた布部分を集め、この集めた布部分を、前記離間した針棒及びワーク支持ベツドの間に形成された空間を通して通過させる工程;
とを備えたことを特徴とする、縫い合わせ方法
2 支持フレームと、この支持フレームに互いに離間して設けられ往復移動される一対の針棒と、これら針棒にそれぞれ少なくとも一本ずつ設けられた針と、これらの針と協働し互いに離間した二個のワーク支持ベツドを有する下部縫製機構とを備えたものにおいて、前記針棒の間に、下端が開放され、かつ、縫製方向に沿つた通路が形成され、この通路は、縫製されるべき衣料の向い合つたヘリ部分の間の余つた布部分を集めて収容し、さらに、この集められた余つた布部分を通過させ;
前記下端が開放された通路は、その上部分は前記支持フレーム間に形成され、また、その下部分は前記ワーク支持ベツドの側壁間に形成されていること
を特徴とする、縫い合わせ装置
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面A
<省略>
<省略>
<省略>
別紙図面C
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<省略>
(以下省略)